世界で一番売れた本、聖書?なにそれ、おいしいの?ってか、へんな宗教のなの?

こんにちは偽物クリスチャンです^^
本日は日曜日ということもあり、ちょっと聖書について書こうとおもいます。はっきりいって偽物クリスチャンはクリスチャンの偽物なので本物のガチクリスチャンが偽物クリスチャンの記事を読むと、間違ってるよー!とかふざけるな−!とか思われるかもしれませんが、ここは偽物クリスチャンのブログです。
クリスチャン向けの討論会を開く場ではなく、いいとこかじって宗教関係なく、みんなポジティブになってもらおうというのが目的です。全くもって正しい教えを伝えるため、、とか、、勧誘目的などではないです。なので偽物クリスチャンが勝手な意見を語り続けますく(`・ω・´) 
と、言うわけで、いきなり最初の質問
『聖書?なにそれ、おいしいの?へんな宗教のなの?』の結論ですが、、

聖書は決しておいしくありません、
というよりそもそも食べれません。笑
そしてキリスト教は見る人からみれば変な宗教にも救いの宗教にもなります •̀.̫•́✧

まじめに答えるなよwと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、一応まじめに答えさせていただきました。ざっくり言うと聖書はかなりながーーーーーーーい物語です。約2000年前と、さらに前の紀元前の物語が正直にいうと時にグダグダ、時にすごいスピーディーに書かれています。
そして、聖書はぎっしり小さい字が詰め込まれたページが2000ページもあります!
正直、読んでみようと思っても、どこをどのように読んだらいいのかもわからないレベルで長いです。
あと、いい意味でも悪い意味でもとにかく内容がわかりにくい。。
 
ありとあらゆる例えで、ありがたい??教えが記されています。。正直どうとでも捕らえれるようなことがたくさんかかれているのです。あと、やっぱり昔に書かれているので文章の背景を理解しなれければ、なかなか理解し難いとろころもあります。
しかし、たまにストレートでわかりやすいとても良いことも書かれています。

物語の構成は?

こちらもまたざっくりと説明させていただきますが、聖書は2部から構成されています。
1部は
世界誕生→いろい歴史がおこる→終了
2部は
ナザレのイエスが生まれる→
殺される→弟子たちが旅する→終了
ナザレのイエスとは、イエス・キリストのことです。キリストという言葉は名字などではなく『救世主』という意味です。つまり救世主イエスという表現になってしまい、不快に思う方もおられると思うのでこちらの表現を使わせていただきました。名字のないこの時代は生まれた地方で名前を呼ばれることが多かったので、ナザレのイエスと呼ばせていただきます。
たったこれだけです。そうです、たったこれだけの本を2000ページにするというすごさ。。そして、それが2000年以上も語り継がれるという奇跡wこれはもう、宗教どうこうじゃなく、すごいですよね。。むしろ宗教だからこそ、2000年も読まれているのか(´・ω・`)笑
まぁそんなことはさておき、はっきりいいます、クリスチャン達はスーパーポジティブです。聖書の中でいろんなハチャメチャにも思えることが起こります。それを、主観でめっちゃポジティブにとらえ、神様すごー!となるようなストーリーがたくさんあります。また2000年以上前の文章というところもあり、ツッコミどころも当然たくさんあります
偽物クリスチャンはそんな聖書を聖典としてはみずに物語としてみて偽物クリスチャンのテキトーな意見を語っていければなと思っております。
当然、聖書をちゃんと学びたい人や、キリスト教に興味があるかたはお近くの教会に行ってみて下さい。

聖書の名言

聖書には2000年も読まれ続けているだけあって、世の中の名言、またはことわざとして語られ続けている言葉の語源が意外と含まれています。そんな言葉を集めたものを今回は紹介させていただければと思います。

『目からウロコ』

こちらの言葉は有名で、『あることがきっかけでまったく新しい物の見え方に衝撃を受けさせられる』という意味でよく使われます。実はこちらの言葉も聖書からきており、使徒行伝9:18に目からウロコのようなものが落ちると明記されているのが語源です。
この物語の流れをいうと
キリスト教迫害→ある人がなぜか失明→目からウロコ→キリスト教のキーパーソンへ変身
というような流れです。
偽物クリスチャンの感想:いままでの生活に満足できないようなことがあるとしたら、人は変わらなければきっとこれからも満足できないでしょう。ただ、人は簡単にはかわれません、きっと宗教はそんな人の背中を押してくれたりします。目からウロコが落ちれば言葉通り、世界が変わって見えると思います。偽物クリスチャンはこれがポジティブ思考への第一歩だと考えているので、ある意味での目からウロコをみなさんに体験してもらえるように文章を書いていきたいです^^

『豚に真珠』

こちらはマタイによる福音書の7章6節にかかれています。
正確には『神聖なものを犬に与えてはならず、また真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。』これをスーパーかいつまんで、豚に真珠ですw豚に真珠って発想がすごいですよね。。豚さん可哀想、、、というような意見を持たれているかたおられませんか?!
違います!ここでもキーポイントは『どんなに価値のあるものでも、その価値がわからないもには結局無駄である』ということを伝えたいんですね。
つまり豚じゃなくてもいいのです!
ただ、聖書ではよく豚がでてきます、豚さんが悪魔に乗り移られ暴走したり、いろんなタイミングででてくる結構可哀想な動物だということは否定しません。

『目には目、歯には歯』

恐ろしい言葉ですよねw
とても聖書の言葉とはおもえませんよね。。w
こちらは聖書の律法(法律)などを語る場所でいくつかの箇所にでてきますが、なんと聖書の後半で、ナザレのイエス(キリスト)がまったく違うことも言います。。
『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。”』


っておーーーーーい!笑

どっちやねーーーん!w
いきなり愛のある言葉にかわりますw
そうです、一番初めにご説明させて頂いた通り聖書はざっくりいうと二部構成になっております。
1部→旧約聖書(アダムとイブ、ノアの箱船、バベルの塔などが有名)
2部→新約聖書(ナザレのイエスが誕生してからの物語)
1部では結構残酷なことが起こり続けます。
2部では愛の物語へと変わります。
ただ、本物のクリスチャンからいわせれば、どちらも大切な物語です。


時に感動、時に残酷、また時に衝撃的な物語満載の2000年読み続けられている物語をざっくりいいとこだけかじっていきますw

どうでしょうか、第一回目はこのあたりで終了です。すこしだけでも興味をもっていただけたでしょうか。。w
これからは少しでも、みなさんがポジティブになれるようなシーンのみ抜粋したいとおもっておりますので、暇つぶしに読んでいただければ幸せです^^
今日の名言:目からウロコ
偽物クリスチャンのコメント:考え方で人生の見え方はかわります。いつも話を出してしまいますが、以前の記事で紹介した中学生の時の友達の『ポジティブ人間、サトシ君』のようにある意味イタイ人、でも幸せな人になれるのが一番幸せへの近道かもしれませんね。その時、こころから考え方が変わると『目からウロコ』がおちるかもしれません(*´ω`*)
みなさんの幸せ願ってます♪

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